都市(まち)の中 樹と人々

わがまち札幌は本州の都市に比べたら新しい。
開拓が明治からなので、都市開発をした歴史はここ200年ほどだ。
人の目から見れば開発に次ぐ開発。
自然と調和しながら生きてきた先住のアイヌの人々が暮らす楽園を切り開き、
人間優先の都市づくりに少しでも邪魔になる樹木はとにかく切り倒された。
強大な自然は勝手に繁茂するものであり、開拓者はその自然との戦いに勝ったように表現される。

そして今、我々が居る。

北海道では現在でも大木を切り倒す習慣が続いている。
文化となってしまっているのだ。

札幌は東京から移り住む人が多い。
特に自然志向そして文化的な人たちの割合が高い。
住み心地の良い楽園のように思うバイアスが働くのだそうだ。

住み始めて気づくようで、
緑が少なくてがっかりした。東京よりも緑が少ない。
という。

札幌の緑化率は非常に低く、40年ほど前から問題になっていた。
全国の都市でワーストNo1であったこともあった。
現在は知らないが数年前はワーストNo1かワーストN02であった。

住んで居る私たちが思っているバイアスも「札幌は緑豊かだ」ということだった。
現在も多くの市民がそう思っている。

南西部に山が迫り、景観上の緑は多い。
視覚上の緑、そのことに錯覚してしまっている。
しかし、都市の中には緑が少ない。

現在も伝統の市民感情は変わっていない。
「邪魔なら切ってしまえ」

赤ん坊を抱いた夫婦を見た。
芝生と小綺麗にされたアスファルトの上に、新しい車が光る。
幸せを感じているようであった。

子供が成人を迎える日が今と同じ環境だと疑いはしないだろう。
というよりも、そんなことは考えたこともないだろう。
そして想像しない。

我々都市の者は未来を想像した方がよいだろう。