理想はグリーントランスフォーメーションというけれど、日本では樹木皆伐、雑草枯葉剤散布

都市の緑

本日も行政が河川土手の雑木を伐採(皆伐)して住民から非難を受け、お詫びをしている場面がニュースになっています。 つい先日はお城の緑豊かな庭の樹木を強伐採して県知事が調査に行き遺憾を表明している場面が伝えられました。

こういう話を聞くと、さもあらんと思います。
このような皆伐に類する強伐採は今の日本では起きて当たり前だと思うのです。
なぜならば、多くの人が樹々や草花を鬱陶しく考えるようになってしまっているからです。

最近よく話題になるものにグリーントランスフォーメーション(以下GXと記)というワードがあります。
GXは気候変動防止の観点から経済のデカップリング関する内容として捉えられることが多いのが現状です。
脱炭素に象徴されるものばかりが表面に現れて目に見えてきます。
例を挙げると、産業および生活に関する部分の化石由来のエネルギーを自然エネルギーに切り替える(だけ)というものなどです。

しかし、本来はGreenとは環境の象徴だけに留まらず、環境変動の抑止、ビオトープの保存、生物多様性の保護などの意味合いを含み、Sustainableな地球環境を作る活動全体を表すことであり、またその行動のことではないでしょうか。

最近、都市や住環境では立木を邪魔者として伐採するケースが多くなっています。
落ち葉が困ると言うことが多いらしいのです。
アスファルト舗装が大半の地面を覆うようになると落ち葉が環境を汚すという意識が強くなったようです。
本当はアスファルトが環境を壊しているのですが。
生存可能な環境にはなんとか草花も育ちます。
ですが、都市では除草剤で邪魔者として不毛を求めます。
生命が存在することを嫌ってしまっています。

グリーントランスフォーメーション(GX)とは何を求めているのか、住み良い環境とは何かを根本から考えてみることも必要ではないでしょうか。

SITEC

風景に木質はありますか?

プランター植栽事例

最近の都市開発では木質が非常に少ないと感じます。
金属やプラスチックの単調な質感がスマートだと言わんばかりに露出されています。
『そこは木質で!』というような要望が出そうなところでは、木質に似せたプラスチックやアルミニウム素材の建材に代用されています。
ここ数年の傾向では、『いかにも木質に見えるだろう!?』と主張する素材はあまりないのかな?
木質に似せたところでそっくりにすることはできないので、「木質のデザイン感だけを頂いちゃおう!」という感じでしょうか。プリントした壁紙みたいな感じ。
他の材で作ったら『高価になるからここは木質で¥』という考え方もあります。こういった場合SPF材を使用するのですが、このとき木質は軽く見られているのでしょう。土木の現場などで使用される仮設材は木質が使用されます。大体は使い捨てで便利に使われているなと思うほどに。それでも強度や軽さ、加工性を省みてみると他の材料には絶対に真似できない特徴があるのが見えてきます。

都市ではこんなものばかりが目について、木質がかわいそうです。
木質は人間に最も近い存在です。
進化の中で人間になる以前、獣であった時期から抱かれて、寄り添い、触れ合ってきたもので無意識の安心感があります。
思考では理解できないものです。

風景を見て感受性を表す『情緒』という言葉があります。
この情緒を感じる要素には、風景の『風化』があります。
石には苔が生え、鉄は錆び、木質は優しくなり親和性が増す。
そうなるには時間の経過が必要なのですが。
このような『風化』を考慮している素材が現在の都市開発に見つかるだろうか?